「悪友」
1 交際していてためにならない友人。悪いことを共にする仲間。⇔良友。
2 特に仲のよい友人や遊び仲間を親しんでよぶ言い方。
40年来の友人が、ガンで逝った。
物言いがきつくて、強固な自意識と意見を持ち、派手な外見、派手な生活。
自立して稼ぎ、結婚の気配なし。涙もろいがずうずうしい。
1泊旅行に出かけたら、バスルームに私物をまき散らし、
行くも食べるも寝るも起きるも、まずは自己都合を主張。
共通の友人に、「彼女との旅行はやめとき!」と助言した私の陰湿さ。
おしゃれした彼女に会って「満漢全席」と、心中つぶやく私の僻み。
守備範囲が広い彼女と話すのは楽しいから、
たまに一緒にご飯食べたりするんだけど、
彼女の勢いに飲まれて疲れてしまうこともあった。
独身、バリキャリの彼女とは年々疎遠になり、
私が子育てしている間、そう、5,6年会わないこともあった。
約5年前、乳がんが見つかった、と電話してきた。
抗がん剤治療中に一度会い、
復活して仕事再開したころに、また会い、
時々ラインで互いの近況を確認していた。
再発、脳転移の連絡を受け、会いに行こうとしたら、
「今体調悪いから来なくていいよ」
的外れな、でも彼女らしい反応。
何かできることある?と聞いたらすぐに、
退院したあとに受けられる公的サポートについて調べてほしい。
そして、自宅で死にたい、と答えた。
低音で食い気味に話すのが常だった彼女の、息が足りない小さな声。
彼女の母親は、「過保護で何が悪い自慢の娘じゃ!」と、顔に書いてあるような人だった。
彼女は母親の前ではずっと子供のまま、といった甘えぶり。
お父さんはいなかった。
そのお母さんが亡くなったとき、私は弔辞を読ませてもらった。
気楽に思い出を語ってくれればいい、と彼女は言った。
遊びにいくと、激しく熱いもてなしを受けたこと。
まっ黄色の海鮮カレー。ご飯が見えないくらいたっぷり。
高級ツナ缶のサラダ。後年、あん肝を初めて食べたら、ほぼ同じ味だった。
帰り際には、大きな冷蔵庫から山盛りの冷凍生桜エビが出てきて、
ビニール袋を何重にもして、持たせてくれた。
そんな内容の弔辞を、「格調高くはなかったけどよかったよ!」と言ってくれた。
お母さんは、数か月の短い闘病だったと聞く。
仕事をやめて実家に戻り、彼女はつききりの介護をした。
彼女が作ったお汁粉をおいしいおいしいと食べ、それが最後の食事になったと話してくれた。
あの時、なで肩をいからせて喪主を務めた彼女を思い出す。
今やっと、彼女の思いを少し想像することが出来る。
80年90年余の人生を全うすることは、普通のことではないのだ。
面会は、かなわなかった。
ボイスメモにメッセージを録音して、彼女の弟の奥さんに送って、
耳元で再生してもらった。
微笑んだり、黙ってじっと聞いていたり、少し涙ぐんだり、そんな反応を知らせてくれた。
血圧が下がってきた、と連絡があった夜も、
母に添い寝しながらボイスメモで彼女に語りかけていた。
寝ていると思った母の目から涙がポロポロ流れた。
もちろん母も何度も会った、私の悪友。
悪友で親友だった。
もう一度、会いたかった。
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