ダージリンママ介護日記

要介護5の実母79歳を介護した娘の日記 その後

こぶとり婆さん顛末記⑧術後外来

 

darjeelingmama.hatenablog.com

 

今年の7月に、耳下腺腫瘍摘出手術を慶応病院で受け、9月末に、術後、初の診察がありました。

曇天の朝、予約は9時。

傷は順調に回復していますが、なにせ全長10cm以上なので、なかなかの横顔であります。

※閲覧注意 ちょっとグロい。

 

 

 

 

耳の前から耳たぶの下を通り、耳たぶの後ろでクルリと回転してそこからはグーンと、もともとあった首の深い皺につなげてあります。

術後3か月を経過した今、やっと、耳の一部に感覚がもどってきましたが、

傷を下にして寝ると、耳周り全体が、ぼんやりと変な感じ。

隔靴掻痒(かっかそうよう)という言葉を思い出します。

神経を切断しているので仕方ないとのこと。

数か月かけて回復予定ですが、以前通りにはならないかも、って。

 

 

今回診察してくれた医師が、

「傷、いいですね。問題ないです」と言うので、

「先生、傷跡、きれいですよね。首の皺につなげてもらってるし、ありがとうございました」と言ったら、

「○○さん(私の苗字)の体質もあると思いますよ」

と、私の自己肯定感を上げてくれて、ほんといい先生だわん。

 

診察が終わり安心すると、おなかが空きます。

院内のカフェでサンドイッチとコーヒー。

飲むように2分で完食。

 

きゅうりがシャクシャクで、白いマヨネーズっぽいソースがおいしかった。

 

 

帰りは青山1丁目の駅まで明治記念館と明治神宮外苑の間の道を歩きます。

聖徳記念絵画館や、赤坂迎賓館もあるんだなあ。

キョロキョロしていたら、道路看板に、桜田門とあるではないですか!

 

 

ちょうどオーディブルで、司馬遼太郎の「桜田門外の変」を聞いていたので、

テンション上がりました。

司馬遼太郎は、

「明治維新を肯定するとすれば、それはこの桜田門外から始まる」と言っていて、

近代日本の転換点として重要な事件と捉えているそうです。

日本の歴史で面白いのは、戦国時代と幕末、と誰かが言ってました。

 

遠い昔のいい加減な受験勉強の浅薄な知識しかない自分。

老眼が進んじゃって、もう文庫本とか無理~という言い訳は、オーディブルには通用しない。

心してオーディブルで勉強しようぞ、面白がろうぞ、と薩摩武士のように決意したこの日、ランチは横浜市営地下鉄センター北駅そばのナチュラル・ハーモニーカフェで、海のごはん、という定食をいただきました。

 

税込み1850円。

たか、と思ったけど、

濃い味の野菜・ふっくら肉厚のお魚・たっぷりのご飯(大盛にしました)・あつあつの味噌汁。

すべてがおいしかった。

そして、がっつり食べたのに、おなかが軽い。

これは、私が大食いだからか、胃に優しい素材と調理法だからか。

はい、どちらも正解です。

他には、畑のごはん、山のごはん、ココナッツカレーもありました。

また行きたい。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

 

 

 

 

 

 

穴蔵プロジェクト②寝る/食べる

 

darjeelingmama.hatenablog.com

今年の5月に始めた、穴蔵プロジェクト。

私の穴蔵、四畳半。

シングルベッド、机2つ、本棚1つ。

北東向きの大きな窓。

 

朝。

今までのロールスクリーンがとうとう破れたので撤去。

カーテン代わりに、母の帯を蛍光灯にぶら下げてあるだけなので、光がもれもれ。

まぶしくて寝てられない。

 

以前、他の窓に使っていた紺のロールスクリーンが物置に眠っていた。

節約&DIY、が信念です。

 

 

どうですか。

サイズがぴったりです。

撤去したロールスクリーンのねじ穴を再利用。

新しい穴もあけて、がっちり、ねじ込みました。

蛍光灯はとっぱらって、コンパクトなLEDライトをイケアで買ってきて。

 

穴蔵でひっそり食べるものは…

 

 

ベッドの上で、アイパッドでなんか見ながら、ひとりでモソモソ食べる。

ああ、楽しい。

 

 

このクッション付きトレイが活躍中。

実家で母が、30年間使っていたもの。

 

ダイエットと言いながら、鍋から直接カレー食べてるけどね!

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

ブログランキング・にほんブログ村へ

金木犀の香る頃

 

darjeelingmama.hatenablog.com

 

2021年の10月、金木犀の香る頃、車椅子の母をマンションの前庭に連れ出しました。

好きだったかしら、どうだったかしらと思いながら、

楚々とした小さなオレンジ色の花が放つ強烈な香りを、

寝たきりで物言わぬ母に感じてほしくて、

15分くらい、二人でじっとしていました。

3か月後、母は亡くなりました。

 

今年の秋も、忘れずに香っています。

 

 

金木犀の香りに励まされ、なかなか着手できなかったことを、実行しました。

母のと、母がとっておいた一握りの父のと、父が墓じまいしたときの祖父母のと。

それぞれのお骨を助手席に乗せて、小田原に、粉骨に行ってきたのです。

 

 

途中の農作物直売所で、旬の無花果を大量購入。

目的地に着く前にひとつお味見。

プチプチフレッシュ。

 

 

いくつかの粉骨業者に連絡をして、小田原のお店に決めました。

電話のやり取りも、当日の説明や段取りも、まごころのこもったお店でした。

母の遺骨のすべてと、祖父母のがひとにぎりずつ、父のは、片手こんもり分、丁寧に粉骨してくれました。

 

 

母が亡くなって約5年。

母は死んだけど、私が生きる限り母は私の中にいる、そんな気持ちになってます。

オシャレだった母には、いかにも遺骨といった骨壺(当たり前だけど)ではなく、ステキな入れ物がふさわしい。

メルカリでこれだ!と購入した、

大倉陶園のブルーローズシリーズの花瓶。

8000円ナリ。

 

 

私の穴蔵の一角。

トリトンブルーに塗った机の上。

両親の結婚式・母のダンス発表会での母と私・私と弟の七五三の写真。

30年前、妊娠中に金縛りが続いていた私に、妹が持ってきてくれた、小さな弥勒菩薩。

こまごま、大切にしているものを並べてます。

まんなかに、遺骨。

真空パックだから、カチーンと四角に固めてあります。

花瓶の口から、ギリ、入りました。

娘がこれを見て、

「えーなんかこわーい」と言ってました。

失礼しちゃうわ。

私が死んだら、この粉末の骨と一緒に散骨してね!

 

 

「千の風になって」は、

つくづく名曲だと、今やっとわかる。

お墓も遺骨も位牌もなにもかも、目に見えるところに母はいない

私のそばにいる。

いつものお茶目な表情で笑っている。

時に、心配そうに眉を寄せて、見守っている

 

お母さん、いつもありがとうね。

あ、お父さんと、おじいちゃん、おばあちゃんも、サンクスです。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

 

 

生姜の佃煮

 

横浜、少し過ごしやすいお盆です。

 

不安定な大気で、空の様子は千変万化。

 

 

 

生まれ育った静岡県伊豆地方のお盆は、8月1~3日くらいだった記憶がある。

親戚が集まり大きな食卓を囲んだ。

母は小さなお稲荷さんや、まぐろ缶をそぼろにしてご飯と一緒に四角く型抜きしたものを作っていた。

生姜の佃煮もあったなあ。

辛みの勝った生姜と、甘いお稲荷さんやそぼろ寿司の組み合わせが大好きだった。

 

新生姜を千切りにして、醤油砂糖酒みりんで煮て、鰹節と胡麻をたっぷりまぶす。

鰹節が煮汁を吸ってパラリとなる。

 

 

白いご飯にのせるのもいいけど、

生姜の佃煮をご飯に混ぜ込んで、上にものせて、マヨネーズぐるりのおにぎりがおいしい。

 

 

子供の頃の味って、永遠だよね。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

お弁当作ってモーニング 時空は自由自在

 

今年のお盆は、熱帯低気圧や湿った空気の影響で、不安定なお天気ですね。

 

遠出の予定なし。

私はお休みだけど、夫は普段通りの在宅勤務で、

家に居るのはなんとなく気が詰まる。

 

まずはお弁当を準備。

 

冷ご飯

ゆでブロッコリ

マカロニサラダ

豚肉・かぼちゃ・玉ねぎの甘酢炒め

たくわん

残り物をドサドサ詰めて30秒で出来上がり!

これを持って、近くのファミレスっぽい喫茶店へ。

モーニングを注文します。

 

コーヒー税込み520円だけの値段で、トーストとゆで卵がついてくる。

Wi-Fiあるし、充電もできる。

朝7時半からやっていて、駅から遠いせいかあまり混んでいない。

 

持ってきた本は、井上靖著 天平の甍。

初刊は1957年。

69年前だ。

 

物語の舞台は、奈良時代。

西暦733年、1293年前だ!に遣唐使として唐へ渡った若き留学僧たち。

20年後、その留学僧の一人、普照が、高僧鑑真を伴って日本へ帰国するまでの話。

 

かなり前の、こと。

 

父が死んだ(10年前)母も死んだ(4年前)、とまだグズグズ言ってる私は鼻くそみたいなもんだ。(すみません)

 

この本は、父の本棚からもらってきた。

 

 

カバー絵からして、ただ事ではない。

この絵は、東山魁夷が1975年に完成させた、唐招提寺障壁画の一部なんだと!

東山魁夷が鑑真和上の偉業に心打たれ、奈良・唐招提寺に奉納したんだと!

井上靖と東山魁夷は盟友なんだと!

 

 

次は、天平の甍に出てきた、奈良時代に唐に渡り、外国人として異例の出世を遂げながらも、二度と日本に帰国できなかった悲劇の天才、阿倍仲麻呂についての本を読んでみたい。

 

日々の喧噪や、しがらみ、

家族の問題、

子供が巣立ってからの孤独と自由。

モヤモヤすることは尽きぬとも、

しばし時空を旅させてくれる歴史小説のありがたさよ。

 

喫茶店で足先が冷えてきたのでひとまず出て、車の中でお弁当を食べます。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

 

あついあついあつい 

 

今を盛りと咲き誇る百日紅。

狂乱の日差しを嬉しそうに浴びている。

 

 

 

今回の大阪出張、暑いけどご飯いっぱい食べたいから、カロリー消費のために電車乗ってバス乗って歩く歩く。

手持ちの水はすぐに飲み干す。

吸い込まれるように入った、にぎわっているカフェ。

 

 

トラジャコーヒー 京阪モール店。

地元密着・老若男女みんなのカフェという雰囲気。

このアイスコーヒー330円。

遠い昔、マックのコーヒーが100円だった時代もあったけど、これは嬉しいお値段です。

しかも苦味が少なくておいしい。

 

最終日、京都まで足を延ばした午後、駅前の八百屋さんで買った種無しピオーネで水分と糖分の補給@駅のホーム。

甘さとみずみずしさが全身に染みわたる。

 

 

帰りは京都駅から新幹線に乗るんだけど、

京都駅が混みすぎなので、JRに一駅乗って山科という駅で休憩。

ご近所マダムが集う小さなカフェにて、久々のパン食。

 

 

サーモンとクリームチーズって、抜群の組み合わせですね。

このカフェに、ひとりの素敵なマダムがいらした。

細い体にぴったりした、足首までのボーダー柄のニットワンピース。

ゆったりした辛子色の短いシャツを羽織り、

高そうなサングラスと、深緑色のキャップ。

斜めに足を組んで、クロワッサンにかぶりついている。

京都マダムかっこいい、と見とれてしまった。

私との共通点は、年齢くらいか。

頭が小さくて、すらりとスリムなマダムでした…

(私はドカ食いダイエット継続中)

京都駅に戻る前に山科駅周辺を歩いていたら、

小さな居酒屋に「猛暑の為、1か月お休みします」との張り紙を発見。

これだよこうでなくっちゃ、と心から共感、うらやましい。

さあ、横浜に帰るぞ。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

カコイチタンタンと、カコイチチャンポン

 

大小多くの河や水路が流れる水の都、大阪。

江戸時代から商人が活躍した天下の台所、大阪。

お好み焼・たこ焼き・うどん・イカ焼き、粉もん文化の大阪。

通りいっぺんの事しか知らない、そんな遠い大阪で、ふたつのカコイチに出会いました。

 

①カコイチタンタン

天王寺、というところにいた午後2時。

「中国料理 百楽天王寺店」というのが近い、すぐそこだ。

創業65年を越えても変わらぬ人気、とある。

10分ほど待って着席。

担々麺と、八宝菜。

 

 

カコイチタンタンでした。

八宝菜と合わせて税込み2950円。

なかなかのお値段。

ごまのコク・スープのキレ・麺のコシ。

そして、アツアツ。

 

②カコイチチャンポン

次の日。

天満橋、というところに居ました。

中央軒 京阪天満橋店。

こちらも60年を超える歴史の店。

お客さんはおじさんひとり。

皿うどんを食べている。

私は長崎ちゃんぽん。麺少なめ。

単品税込み1250円。

 

 

カコイチチャンポンでした。

クリイミイでさっぱり。

スッキリでこってり。

そして、アツアツ。

少しあとに、私と同じカウンターに座った30代後半の女性。

メニューを見ずに、皿うどんの大盛りを注文。

私も次は皿うどんにしてみよう。

 

 

川と、橋と、おいしい麺料理と。

大阪よいとこ、おなかいっぱい。

 

 

2日とも、ホテルに戻ったら、スーパーで買ってきた野菜でサラダ。

 

アルファファ・レタス・きゅうり・アボカド。

無花果が入っていたケースに盛りました。

 

レタス・キュウリ・ツナ。

ビニール袋を敷いて、盛りました。

 

ドレッシングはこれ。

ちょい贅沢なやつです。

 

 

※カコイチ⇒過去においてのナンバーワン

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

父のこと⑤その愛

 

昭和51年。

場所は、どこかの海辺。

昭和13年生まれの父、この時38歳。

 

同じ日の同じ場所。

この泥だらけの人は、私。

10歳。小学5年生の8月。

 

 

私達は浜で遊んでいて、

父はひとりポーズを決めて空と海を眺めていたらしい。

 

 

父いつも仕事をしていて、家にいる時は食べてるか飲んでるか寝てるか。

酒乱のケがあり、酒癖わるし。

一方、子供たちがかわいくて仕方ない人で、

友達が来ているときに父が帰ってきたりすると、私の顔をみるなり、

「よっちゃああああん!世界一かわいいよっちゃあああん!」と大きな声で言うので、私は父を憎むほどに恥ずかしかったものです。

30年後の小学校の同窓会で友達がそのことを覚えていて、

「よっちゃああああん!!」って言ってたよねえ、って回想してました…

 

時と共に赤裸々な愛情表現は影を潜め、子供たちは、と言えば、母とはよく話すけど、父のことは皆、なんとなく敬遠するようになっていった、そんな昭和の家庭でした。

 

短大を卒業して出版社に勤めた私が勤続2年で、

「会社を辞めてオーストラリアに行きたい」って言い出したとき父は、

「楽しそうだったじゃないか」って言いました。

反対するのではなく、でも行くんだな行ってこい!という顔でした。

お父さん私のこと見てたんだ。

生意気で不貞腐れた娘であった私を、

「よっちゃああああん!」と叫んでいた頃と同じように見ていてくれたんだなって、気づきました。

 

 

その10数年後、夫の女性問題が勃発して、二人の娘を連れて実家に帰ったとき、

私は父に何があったか、初めて話したんです。

話し始めてすぐ、私は泣きそうになってしまって、

そしたら父は黙って、ゆがんだ顔で立ち去りました。

あれは、「かわいいよっちゃんが泣くのを見るのはいやだ」という顔だったのだと、今はわかります。

 

 

 

父は、10年前、78歳で亡くなりました。

生きていたら、今年88歳の米寿。

私にとっての父は、頑健で元気な人。

ガンが発見されて半年で亡くなってしまったから、

やせてる暇もなくて、最後までたくましくて顔が大きくて、強かった。

病気で亡くなったんだから、こう言ったらおかしいんだけど、

お父さん、元気なまま死んじゃった。

 

会いたいなー。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

灼熱の名古屋 熱風の大阪③焼きスパに出会いました。

 

大阪から横浜に帰る日。

朝ごはんを食べ過ぎたのと、

日中暑くて冷たいものばかり飲んでいたせいか、なかなかおなかが空かなくて、でも新幹線に乗る前に何か食べなくちゃと新大阪の駅構内をうろうろしていたら、ローマ軒というパスタ屋さんに目がとまる。

半端な時間、夕方4時。

店内には年齢層バラバラのひとり客がチラホラ。

大柄な40代らしき男性に運ばれてきたのは、

2つの小さなスキレットに、異なるパスタがこんもり盛られている。

男性が、

「これこれ、これよ」と言ってる。(聞こえてないけど)

店奥には、私と同年代のおばさま。

遠目にも大盛りとわかるパスタを上品に咀嚼している。

店頭には、

「おなかいっぱいの幸せ」

「焼きスパゲッティ専門店」のポップ。

 

あんまりおなか空いてないけどね、ここにしよ。

(大食いの人ってこういう事、言うよね)

 

注文したのは、カチョ・エ・ペペ。

単品税込み1030円。

ニンニク・唐辛子・椎茸・玉ねぎ・パルミジャーノレッジャーノ。

 

 

これは若者にこそふさわしい、と思いつつ、

還暦のオババが唇をギトギトさせながら、ムシャムシャ食べる。

にんにくは、フライドとみじん切りの2種。

このみじん切りは、フープロでガーっとやって、オイル漬けにしてあるのを、上からドサッと投入してるとお見受けした。

焼きスパゲッティの名の通り、香ばしく、熱々の麺。

全部食べられるかしらあ…って、もちろん完食です。

てか、税込み100円のバゲットも頼んで、皿に残った油をぬぐってきれいにしたかった。

 

他のも食べてみたい、と思いながら、会計しました。

 

 

満腹のおなかをさすりながら、のぞみに乗車。

新幹線はやっぱり窓際が好き。

飛ぶように過ぎる景色を見るのが楽しい。

携帯のグーグルマップを起動すると、現地点がどんどん動く。

バッテリーの消耗すごいよね、これ。

 

 

夕暮れの富士山。

 

来週また、大阪行くよ。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

灼熱の名古屋 熱風の大阪②酷暑の夏に始める、温冷浴

 

日最高気温が40℃を越えた日は、「酷暑日」。

今年、制定されました。

「猛暑」を越える危険な暑さ、とのことです。

エアコンに依存して夏が過ぎるのをじっと待つのは、夏に負けるみたいでちょっと悔しい、そこで、「温冷浴」。

41~43度のお湯と、14~15度の水を1分ずつ、交互に計9回(水から始めて水で終る)繰り返す入浴法。

夏は、始めやすい季節です。

 

ここ数年の私は、ぎっくり腰を繰り返し、

未破裂脳動脈瘤が見つかり、

長い風邪に数回寝込み、

今年に至っては、全身麻酔で耳下腺腫瘍除去の手術をしました。

そろそろ真剣に、寄る年波に抗うことをしなければなりません。

母は40代から75歳で病に倒れるまで、この温冷浴をしていました。

 

母は、短大を出て、一度も働かずに、父と結婚(父のナンパ)しました。

父の生家は雑貨屋を営んでいましたが、父の父が脳溢血に倒れ、その経営は新婚早々の夫婦に引き継がれました。

結婚とほぼ同時に、父が起業し、その商売が軌道に乗るまでは、と雑貨屋経営は母だけに任されました。

私も、年度末の商品の棚卸しを手伝ったりしました。

慣れない店を営みながら、3人の子育て。

同居する舅姑もいます。

母の生活は多忙を極めていたと思います。

健康ではありましたが、時に過労がたたり発熱して寝込むことが増えました。

それでも仕事が、家事が、育児が、容赦なく追いかけてきます。

負けるもんか精神の母が始めたのが、この温冷浴でした。

お風呂での母は、

「水をかけるときは足から!」と言いながら、繰り返し水を手桶でかけていたっけ。

その後の母は見事に熱を出すことが減り、父の商売いよいよ忙しく、雑貨屋は閉業、働きづめに働いた父と母の会社は、見事に成功をおさめたのです。

 

父に甘え、母に頼り、チャランポランな私の人生。

母の負けるもんか精神だけを真似して今年、温冷浴デビューです。

 

温冷浴、気持ちがいいです。

サウナ愛好者が、「整う」といういうのは、こんな感じか。

 

大阪の宿は、大浴場付のアパホテル。

水風呂もあります。

湯船と水風呂を10回くらい往復して、スッキリ。

ぐっすり眠って、朝ごはんもたっぷり。

アパホテルの朝食は、ブッフェ形式。

過不足のない、ちょうどいいブッフェです。

お味噌汁は熱々。これ大事。

 

 

もう一日、熱波の大阪で仕事して、横浜に帰ります。

温冷浴、続けます。

 

ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ