ダージリンママ介護日記

要介護5の実母79歳を介護した娘の日記 その後

あついあついあつい 

 

今を盛りと咲き誇る百日紅。

狂乱の日差しを嬉しそうに浴びている。

 

 

 

今回の大阪出張、暑いけどご飯いっぱい食べたいから、カロリー消費のために電車乗ってバス乗って歩く歩く。

手持ちの水はすぐに飲み干す。

吸い込まれるように入った、にぎわっているカフェ。

 

 

トラジャコーヒー 京阪モール店。

地元密着・老若男女みんなのカフェという雰囲気。

このアイスコーヒー330円。

遠い昔、マックのコーヒーが100円だった時代もあったけど、これは嬉しいお値段です。

しかも苦味が少なくておいしい。

 

最終日、京都まで足を延ばした午後、駅前の八百屋さんで買った種無しピオーネで水分と糖分の補給@駅のホーム。

甘さとみずみずしさが全身に染みわたる。

 

 

帰りは京都駅から新幹線に乗るんだけど、

京都駅が混みすぎなので、JRに一駅乗って山科という駅で休憩。

ご近所マダムが集う小さなカフェにて、久々のパン食。

 

 

サーモンとクリームチーズって、抜群の組み合わせですね。

このカフェに、ひとりの素敵なマダムがいらした。

細い体にぴったりした、足首までのボーダー柄のニットワンピース。

ゆったりした辛子色の短いシャツを羽織り、

高そうなサングラスと、深緑色のキャップ。

斜めに足を組んで、クロワッサンにかぶりついている。

京都マダムかっこいい、と見とれてしまった。

私との共通点は、年齢くらいか。

頭が小さくて、すらりとスリムなマダムでした…

(私はドカ食いダイエット継続中)

京都駅に戻る前に山科駅周辺を歩いていたら、

小さな居酒屋に「猛暑の為、1か月お休みします」との張り紙を発見。

これだよこうでなくっちゃ、と心から共感、うらやましい。

さあ、横浜に帰るぞ。

 

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カコイチタンタンと、カコイチチャンポン

 

大小多くの河や水路が流れる水の都、大阪。

江戸時代から商人が活躍した天下の台所、大阪。

お好み焼・たこ焼き・うどん・イカ焼き、粉もん文化の大阪。

通りいっぺんの事しか知らない、そんな遠い大阪で、ふたつのカコイチに出会いました。

 

①カコイチタンタン

天王寺、というところにいた午後2時。

「中国料理 百楽天王寺店」というのが近い、すぐそこだ。

創業65年を越えても変わらぬ人気、とある。

10分ほど待って着席。

担々麺と、八宝菜。

 

 

カコイチタンタンでした。

八宝菜と合わせて税込み2950円。

なかなかのお値段。

ごまのコク・スープのキレ・麺のコシ。

そして、アツアツ。

 

②カコイチチャンポン

次の日。

天満橋、というところに居ました。

中央軒 京阪天満橋店。

こちらも60年を超える歴史の店。

お客さんはおじさんひとり。

皿うどんを食べている。

私は長崎ちゃんぽん。麺少なめ。

単品税込み1250円。

 

 

カコイチチャンポンでした。

クリイミイでさっぱり。

スッキリでこってり。

そして、アツアツ。

少しあとに、私と同じカウンターに座った30代後半の女性。

メニューを見ずに、皿うどんの大盛りを注文。

私も次は皿うどんにしてみよう。

 

 

川と、橋と、おいしい麺料理と。

大阪よいとこ、おなかいっぱい。

 

 

2日とも、ホテルに戻ったら、スーパーで買ってきた野菜でサラダ。

 

アルファファ・レタス・きゅうり・アボカド。

無花果が入っていたケースに盛りました。

 

レタス・キュウリ・ツナ。

ビニール袋を敷いて、盛りました。

 

ドレッシングはこれ。

ちょい贅沢なやつです。

 

 

※カコイチ⇒過去においてのナンバーワン

 

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父のこと⑤その愛

 

昭和51年。

場所は、どこかの海辺。

昭和13年生まれの父、この時38歳。

 

同じ日の同じ場所。

この泥だらけの人は、私。

10歳。小学5年生の8月。

 

 

私達は浜で遊んでいて、

父はひとりポーズを決めて空と海を眺めていたらしい。

 

 

父いつも仕事をしていて、家にいる時は食べてるか飲んでるか寝てるか。

酒乱のケがあり、酒癖わるし。

一方、子供たちがかわいくて仕方ない人で、

友達が来ているときに父が帰ってきたりすると、私の顔をみるなり、

「よっちゃああああん!世界一かわいいよっちゃあああん!」と大きな声で言うので、私は父を憎むほどに恥ずかしかったものです。

30年後の小学校の同窓会で友達がそのことを覚えていて、

「よっちゃああああん!!」って言ってたよねえ、って回想してました…

 

時と共に赤裸々な愛情表現は影を潜め、子供たちは、と言えば、母とはよく話すけど、父のことは皆、なんとなく敬遠するようになっていった、そんな昭和の家庭でした。

 

短大を卒業して出版社に勤めた私が勤続2年で、

「会社を辞めてオーストラリアに行きたい」って言い出したとき父は、

「楽しそうだったじゃないか」って言いました。

反対するのではなく、でも行くんだな行ってこい!という顔でした。

お父さん私のこと見てたんだ。

生意気で不貞腐れた娘であった私を、

「よっちゃああああん!」と叫んでいた頃と同じように見ていてくれたんだなって、気づきました。

 

 

その10数年後、夫の女性問題が勃発して、二人の娘を連れて実家に帰ったとき、

私は父に何があったか、初めて話したんです。

話し始めてすぐ、私は泣きそうになってしまって、

そしたら父は黙って、ゆがんだ顔で立ち去りました。

あれは、「かわいいよっちゃんが泣くのを見るのはいやだ」という顔だったのだと、今はわかります。

 

 

 

父は、10年前、78歳で亡くなりました。

生きていたら、今年88歳の米寿。

私にとっての父は、頑健で元気な人。

ガンが発見されて半年で亡くなってしまったから、

やせてる暇もなくて、最後までたくましくて顔が大きくて、強かった。

病気で亡くなったんだから、こう言ったらおかしいんだけど、

お父さん、元気なまま死んじゃった。

 

会いたいなー。

 

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灼熱の名古屋 熱風の大阪③焼きスパに出会いました。

 

大阪から横浜に帰る日。

朝ごはんを食べ過ぎたのと、

日中暑くて冷たいものばかり飲んでいたせいか、なかなかおなかが空かなくて、でも新幹線に乗る前に何か食べなくちゃと新大阪の駅構内をうろうろしていたら、ローマ軒というパスタ屋さんに目がとまる。

半端な時間、夕方4時。

店内には年齢層バラバラのひとり客がチラホラ。

大柄な40代らしき男性に運ばれてきたのは、

2つの小さなスキレットに、異なるパスタがこんもり盛られている。

男性が、

「これこれ、これよ」と言ってる。(聞こえてないけど)

店奥には、私と同年代のおばさま。

遠目にも大盛りとわかるパスタを上品に咀嚼している。

店頭には、

「おなかいっぱいの幸せ」

「焼きスパゲッティ専門店」のポップ。

 

あんまりおなか空いてないけどね、ここにしよ。

(大食いの人ってこういう事、言うよね)

 

注文したのは、カチョ・エ・ペペ。

単品税込み1030円。

ニンニク・唐辛子・椎茸・玉ねぎ・パルミジャーノレッジャーノ。

 

 

これは若者にこそふさわしい、と思いつつ、

還暦のオババが唇をギトギトさせながら、ムシャムシャ食べる。

にんにくは、フライドとみじん切りの2種。

このみじん切りは、フープロでガーっとやって、オイル漬けにしてあるのを、上からドサッと投入してるとお見受けした。

焼きスパゲッティの名の通り、香ばしく、熱々の麺。

全部食べられるかしらあ…って、もちろん完食です。

てか、税込み100円のバゲットも頼んで、皿に残った油をぬぐってきれいにしたかった。

 

他のも食べてみたい、と思いながら、会計しました。

 

 

満腹のおなかをさすりながら、のぞみに乗車。

新幹線はやっぱり窓際が好き。

飛ぶように過ぎる景色を見るのが楽しい。

携帯のグーグルマップを起動すると、現地点がどんどん動く。

バッテリーの消耗すごいよね、これ。

 

 

夕暮れの富士山。

 

来週また、大阪行くよ。

 

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灼熱の名古屋 熱風の大阪②酷暑の夏に始める、温冷浴

 

日最高気温が40℃を越えた日は、「酷暑日」。

今年、制定されました。

「猛暑」を越える危険な暑さ、とのことです。

エアコンに依存して夏が過ぎるのをじっと待つのは、夏に負けるみたいでちょっと悔しい、そこで、「温冷浴」。

41~43度のお湯と、14~15度の水を1分ずつ、交互に計9回(水から始めて水で終る)繰り返す入浴法。

夏は、始めやすい季節です。

 

ここ数年の私は、ぎっくり腰を繰り返し、

未破裂脳動脈瘤が見つかり、

長い風邪に数回寝込み、

今年に至っては、全身麻酔で耳下腺腫瘍除去の手術をしました。

そろそろ真剣に、寄る年波に抗うことをしなければなりません。

母は40代から75歳で病に倒れるまで、この温冷浴をしていました。

 

母は、短大を出て、一度も働かずに、父と結婚(父のナンパ)しました。

父の生家は雑貨屋を営んでいましたが、父の父が脳溢血に倒れ、その経営は新婚早々の夫婦に引き継がれました。

結婚とほぼ同時に、父が起業し、その商売が軌道に乗るまでは、と雑貨屋経営は母だけに任されました。

私も、年度末の商品の棚卸しを手伝ったりしました。

慣れない店を営みながら、3人の子育て。

同居する舅姑もいます。

母の生活は多忙を極めていたと思います。

健康ではありましたが、時に過労がたたり発熱して寝込むことが増えました。

それでも仕事が、家事が、育児が、容赦なく追いかけてきます。

負けるもんか精神の母が始めたのが、この温冷浴でした。

お風呂での母は、

「水をかけるときは足から!」と言いながら、繰り返し水を手桶でかけていたっけ。

その後の母は見事に熱を出すことが減り、父の商売いよいよ忙しく、雑貨屋は閉業、働きづめに働いた父と母の会社は、見事に成功をおさめたのです。

 

父に甘え、母に頼り、チャランポランな私の人生。

母の負けるもんか精神だけを真似して今年、温冷浴デビューです。

 

温冷浴、気持ちがいいです。

サウナ愛好者が、「整う」といういうのは、こんな感じか。

 

大阪の宿は、大浴場付のアパホテル。

水風呂もあります。

湯船と水風呂を10回くらい往復して、スッキリ。

ぐっすり眠って、朝ごはんもたっぷり。

アパホテルの朝食は、ブッフェ形式。

過不足のない、ちょうどいいブッフェです。

お味噌汁は熱々。これ大事。

 

 

もう一日、熱波の大阪で仕事して、横浜に帰ります。

温冷浴、続けます。

 

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灼熱の名古屋 熱風の大阪➀

 

太陽に焼かれたアスファルトから熱気が立ち上り、視界がユラユラと揺らめく。

日本の夏がただの炎熱地獄になってしまったと、

昭和の夏には情緒があったと、

栓無き思いが、繰り返し頭に浮かびます。

 

国内の酷暑日の連続記録が塗り替えられたその週に、

名古屋と大阪に1泊2日で出張してきました。

 

 

朝8時、新横浜駅を出発します。

お昼は名古屋でひつまぶし!を予定しているので、朝は軽く…って、これかい。

 

 

特別感がないことが特別か。

シウマイはシンプルなシウマイだし、

鮪はパッサパサ。

筍の煮つけは私には甘すぎるし、

鳥の唐揚げは何の変哲もない。

ごはんは昔より少しやわらかくなったような。

最初に食べるのは決まって、小さな青緑の梅干し。

 

崎陽軒のシウマイ弁当。

1954年 100円で発売。

1972年 250円

1989年 税込700円

2018年 税込860円

現在 税込1180円

2003年に蓮根煮が卵焼きに変更されて以来、原則として、現在の基本構成が定着しているとのこと。

 

新幹線に乗ってすぐに食べ始め、10分で完食しました。

うなぎの予約は13時。

名古屋での移動は、電車とバスにして、それまでにおなかペッコペコにしなくちゃ!

 

午前中の用事を終えていざ、うなぎの白河栄ガスビル店へ!

ひつまぶしひつまぶし、と唱えていたが、

席に座ると周りがみんなひつまぶしなので、蒲焼2切れがメインの「しら河御膳」税込み4000円にしました。

へそが曲がってるのよ。

 

 

これが先に来て、あとから揚げたて天ぷらをお持ちします、って。

 

天ぷらサクサク。

 

数量限定のひつまぶしセットが、税込み3850円だから、ほんの少しこっちの方が高い。

 

うなぎは香ばしく、お刺身はしっとり新鮮。

揚げたての天ぷらはアチチでおいしい。

きれいに完食し、大満足で新大阪に向かいました。

 

宿は、安定のアパホテル。

夕食は、サラダを作りました。

スーパーで買ってきたカット野菜の袋をお皿にして、

ツナ缶をひと缶開けて、

ビニール袋に入れたきゅうりを手刀でカチ割り、

ネットフリックスで「VIVANT」を再見しながら、

2種類のドレッシングで、もりもりいただきました。

シーズン2は、ネットフリックスでは見られないのね。

 

 

夜は、大浴場にゆっくり浸かって、早寝しました。

 

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穴蔵プロジェクト① 塗る、とにかく、塗る。

 

うちは、築20年の狭小木造戸建てです。

二人の娘が独立し、夫とふたりで住んでます。

昨年、夫婦で還暦を迎えました。

1階に2部屋。

1部屋は夫の部屋。

パソコン・テレビ・布団・筋トレグッズ・自転車グッズで、ぎっちぎちです。

もう1部屋は畳敷きで、私の寝室でした。

この畳部屋をフローリングに改造し、夫の部屋とします。

トレーニングルームにするそうです。

 

2階は、居間、キッチン、そして私の仕事&パソコン&ひとり作業スペース。

このスペースは4畳半くらいです。

この4畳半にベッドを運び入れ、「私の穴蔵」に改造するのです。

1階に夫、2階は私という住み分け。

5月下旬から始めたこのプロジェクト。

できることは時間がかかっても、なるべくお金をかけずに、自分でやる。

 

まずは、イケアの大きな棚を2つ処分。

スペースができたところに、無印のシングルベッドを搬入。

 

寝る場所をつくりました。

窓に既製品のロールスクリーンを取り付け、

アクリル絵の具と、激落ちくんスポンジと、ステンシルシートで、模様をつけてみました。

 

古いデスクと、新しく買った同じシリーズのデスクを、塗装。

 

 

新旧のデスクを横に並べました。

間にとりつけたのは、無印の壁に付けられる家具棚。

これも塗りました。

 

 

乾燥中なので引き出しアケッパですみません。

 

棚も同じ色に塗ります。

 

色はトリトンブルー。

年内に完成するかな…

 

私の穴蔵、テーマは「深海」です。(いまのとこ)

 

 

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ドカ食いダイエット、始めました。

 

2ヶ月前、久しぶりに体重計に乗った。

現実直視がこわくて、ずっと、測っていなかった。

 

63キロ…

164cmなので、BMIは23.42.

肥満はBMI25からなので、目前。

適正体重の59.17㎏を上回ること、3.83キロ。

 

(遠い目)

 

30年前、54キロだった。

30年間で9キロ増。

顎はたるみ、腹はぽっこり。

全体にドーン、としている。

 

やせるそ。

 

今回、満を持して採用したのは、

「ドカ食いダイエット」

意味がわからない、よね。

 

私は、たくさん食べたいんです。

口で食べる、

目で食べる、

脳で食べる、

胃が食べる、

いろんな食べ方があるとしたら、私のそれは、

「のどで食べる」

ガシガシ咀嚼して、ごくりごくりと飲み込みたい。

この嗜好に気づいたとき、娘に言われました。

「ママは食に対する認知が歪んでいる」

たぶんそう。

食い意地の張りすぎ、とも言える。

 

マイオリジナル、ドカ食いダイエットはそんな自分を否定せず、

食い意地を満足させながらやせる手法です。

ルールは2つ。

①ドカ食いは1日1回。朝もしくは昼。

好きなものを好きなだけ。

②夕方17時以降、食べない。

 

ジム仲間にも宣言して、ダイエットを開始しました。

1か月半後、60キロまで減りました。

 

1日1回のドカ食いはこんなものを食べてました。

 

(最近、お米は土鍋炊き。残ったら、小さなおひつで保存。ドカ食い時、面倒なので、おひつのままでいただきます。ドカ食いダイエットじゃなくて、おひつダイエットにネーミングを変えようかな。なんか、かわいいし)

 

おひつごはん

大根ぬか漬け

煮込みすぎわかめ味噌汁

鶏肉煮

 

おひつごはん

隠元とひき肉炒め

しじみ味噌汁

 

おひつごはん

失敗したポークチャップ

 

おひつごはん

野菜揚げびたしと大根ぬか漬け

 

とにかく米が好き。

 

 

露悪的にドカ食いドカ食いと言ってますが、

体重が減っていくにつれ、

ドカ食いの量が減ってきました。

体重減に励まされてるのか、

体が慣れてきたのか。

 

耳下腺の手術を経て、そろそろ普通に食べられるようになってきたので、

ダイエットを再開します。

現体重は、60キロ、目標は3か月後に57キロ!

 

 

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冷やし中華 辛子はどこに

 

 

梅雨入り前のある夕刻。

少し早めの冷やし中華解禁。

夫は偏食で、変化を嫌う。

冷やし中華は、中華三昧の涼麺ひとすじ。

具は、甘い薄焼き卵・ハム・きゅうりの3種。

 

私が用意した、この冷やし中華の写真をよく見てください。

まんなかあたり、ハムと胡瓜の間に、ニョロニョロとした辛子。

何も考えず、夫の前に置きました。

そして、食べ始めた夫、途中で、グヌウ!と声にならないうめきをあげました。

「なんだよ!辛子、端っこに出してくれよ、見えなかったよ!」

そう、彼は、ひと口ですべての辛子を口に入れてしまったのです。

それは、かなりの辛さでしょう。

ものすごく怒ってます。

 

そうですね。

思いがけない辛味や熱さが口中を攻撃した時、人は怒るのかもしれません。

俺は何も悪くない、100%の被害者。

辛子は皿の端に置くもんだ。

今まで約30年間、そうだった。

なぜ今日だけ、まんなか!

そう、いつも、皿の端でした。

今日だけまんなか、しかも、きゅうりとハムに半ば埋もれて、見えにくい場所に辛子が置かれたのです。

なぜだろう、私はなぜ、今日だけまんなかに置いたんだろう。

自らに問うている場合ではありません。

今すべきことはそう、努力です。

謝罪する努力。

しました。

努力して、「あーごめええん!だいじょぶう?」って言いました。

夫は黙って食べ進めてます。

 

 

そして私はいつもより早く、家をでました。(プール)

坂を下りながら、

(かきまわすよね?ちゃんとかきまわせば、辛子は全体にゆきわたるよね?)

(よくみれば、辛子、見えるよね?)

(あんなに怒る?大失態みたいにさ!)

(怒りっぽいのは加齢で前頭葉が縮小してんだって!それだよそれ!)

(だいたいさ、ごはん作るの私だけだよね。座っててごはんが出てくるって、当たり前のことかな?)

(もし、私が同じ目にあったら、どうなる?あんなに怒んないよ、むしろ笑うね)

 

さあ、今夜も泳いで、スッキリしよう!

反省しないよ!

 

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こぶとり婆さん顛末記⑦術後

 

耳下腺腫瘍摘出手術。

翌日の朝食は、

具無し味噌汁・牛乳・ヤクルトの乳酸飲料・番茶。

全部液体。

 

昼食で、お粥。

でも、おかずにもやしとキュウリのあえ物があって、これは無理やろ!と、ひそかにツッコミ。

 

午後、担当してくれていた新米看護師に、

「梅干し持ってきたの食べていいですか」

「確認してみますね」

「あと、コンビニでお菓子買ってきてもいいですか」

「それも確認します」

「ヨーグルトならいいですよね」

「スイカはどう?カットされてるのコンビニにあったよね」

「えっと、食べたいものなんでも食べていいか?って聞いてきますね」

で、二人で笑っちゃった。

この新米看護師さんはすっごく一生懸命で、私の傷の様子を見るときいつも、

鼻の下にびっしり汗をかいてて、かわいい人でした。

退院するまでにもう一回担当になってほしい。

 

 

夕食はもう普通のご飯。

おかずは麻婆豆腐。

食べられそうで、完食は無理だった。

口を動かすのがなかなかつらい。

何か食べたあとは、左側が疲れ、痛み、熱くなる。

 

 

私の耳下腺腫瘍の摘出手術は耳たぶの下から首に向けてグインと、くの字に約10センチ切開されていた。

手術直後の変化は、

・傷の痛み、つっぱり、違和感

・切開側の耳の感覚麻痺

・口が3センチくらいしか開かない。

・咀嚼が疲れるし、痛くなるので、やわらかいものだけを所望、というかほぼ丸のみ。

・起き上がるときにこんなに首に力を入れてたんだと気づく、その痛み。

どれも、術後、時間と共に回復していくが、耳の感覚麻痺だけは、術前と同じようには戻らないと思う、と、医師に言われた。

退院後にくるかもしれない変化は

・腫れ。これは中で唾液が漏れている場合とばい菌感染が考えられる。

・唾液が漏れる。傷口から漏れる場合があるらしい。

 

 

 

手術翌日の夜、点滴と傷口からの管をぶら下げて、いそいそとコンビニで買ってきたもの。

 

 

ふんわり海老しお焼はともかく、プレッツエルショコラは無理やろ!という声が聞こえたが、買った。

砕いてチョコをなめて終わり。

 

深夜、ヨーグルトを太いストローでズルズルと吸い込みながら、手術の無事終了をしみじみ祝うの図。

 

 

 

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