約30年前のこと。
結婚してすぐに真っ赤な車を買った。
私は二十七歳で、車のローンを返済しながら、夫と二人で気楽に暮らしていた。
ある日母から、祖母が名古屋での法事に一人で参加すると聞いて、
「よし!長距離デビューだ!」
夫の心配をよそに、私はドライバーに名乗りをあげた。
前日に横浜を出て、富士の祖母の家に泊まった。
祖父が亡くなって、祖母の一人暮らし七年目の頃だった。
翌朝、六時前に起こされて朝ごはん。
お揚げもお豆腐も赤く染まった八丁味噌の味噌汁(卵入り)。
おじいちゃんが大嫌いだった納豆(大粒)。
母のお味噌汁は合わせ味噌だったので、この一見お汁粉?みたいな色の赤だしは、おばあちゃんの味。
小さな頃から大好きで、遊びに行くと3食これ食べたいとお願いしていた。
お腹いっぱい食べて、はりきって出発した。
無糖の缶コーヒーを初めて買い、東名高速の新富士―名古屋間をかっ飛ばした。
祖母は助手席を倒して気持ちよさそうに目を閉じていた。
昼前に無事名古屋に到着し、にぎやかな挨拶がすんでほっとした私が、
「おばあちゃん、おなか空いたね」
と言おうとしたら、祖母がタッパを取り出した。
中に並んでいたのは、椎茸のおすしとお稲荷さん。
全体的に茶色い。
自慢の車で颯爽と登場したのにちょっとかっこ悪いなあ。
まずはお稲荷さんを食べた。
お揚げは口に入れるとジュワっと甘いおつゆが染み出して、酢飯には刻んだ蓮根と紅生姜と胡麻が入っていた。
シャリシャリプチプチしていて、こりゃ何個でもいけちゃうよ。
すると、その家の美人のお姉さんが、
「わあ、それ、椎茸のおすしなの?」
「あ、よかったらどうぞ」
「う~ん、おいしい!」
そうなの?では私もひとつ。
肉厚の椎茸をそぎ切りにした断面が薄茶色に染まってみっしりした歯ごたえ。
かむほどに出汁がしみだして、固めの酢飯と一緒に味わうと、あっという間に喉の奥に納まる。
鼻に抜ける椎茸の香り。
あの椎茸はどんこかな。あの時初めて椎茸のおすしを食べたんだと思う。
干し椎茸って値も張るし手間もかかる。
ゆっくり戻してゆっくり煮含めるのよね。
おばあちゃんこれおいしいねえ、と、
内緒話みたいに囁いたら、クフフ、と嬉しそうに笑ったおばあちゃん。
あの法事から二年後に私は長女を産み、その後次女も産まれた。
娘達が大きくなる間に祖母は少しずつ小さくなっていき、九十三歳で亡くなった。
どんこを買ってきて、ゆっくり煮て、おすしにしました。
そういえば、母は、椎茸と昆布の煮物が得意でした。
でもこの椎茸のおすしは、一緒に食べた事なかったな。
一口大に酢飯を丸めて、椎茸をのせました。
昆布も一緒に煮ました。
おかわりして、全部で6つ食べてくれました。
緑茶にトロミをつけて、スプーンでうまく飲んでくれました。
おばあちゃんの思い出話をしながら食べたかったけど、食事中に話しかけると声がでてしまい誤嚥しそうになるので、2人で黙って食べました。
たくさん煮たので週末に五目寿司を作ろうと思います。
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